映画「検察側の罪人」のあらすじネタバレ~ラストと感想

社会派ミステリーの最高傑作と評された雫井脩介原作の映画「検察側の罪人」のあらすじネタバレと感想を紹介します。

正義とは、何か。法とは、何か。

ジャニーズの中でトップを争う演技力の木村拓哉と二宮和也の2人が、映画の中で検事として対立!

果たして、検察側の罪人とは誰のことを指しているのか…。

おすすめ度は★★★★☆!

映画「検察側の罪人」の作品情報

≪公開≫
2018年(日本)

≪監督・脚本≫
原田眞人

≪原作≫
雫井脩介

≪キャスト≫
二宮和也、木村拓也

≪配給≫
東宝

 

映画「検察側の罪人」のあらすじ~ネタバレラスト

都内である殺人事件が発生。

事件は、東京地検刑事部のエリート検事・最上(木村拓哉)と、駆け出しの検事・沖野(二宮和也)に託されます。

捜査を進めると、「松倉」という男が犯人候補に浮上。

最上は松倉を犯人として狙いを定め、自白させるように追い込んで行きます。

最上を尊敬していた沖野は、最上の言う通りに松倉から自供を取ろうと奮闘します。

しかし、最上のあまりにも執拗な様子に違和感を抱いた彼は、やがて「最上が松倉を犯人に仕立て上げようとしている」という違和感を抱くようになります。

またそれは、検察側の不正を暴くために潜入していた補佐官の橘(吉高由里子)も同様でした。

 

実は松倉は、すでに時効を迎えてしまった過去のある事件の重要参考人であり、その事件の被害者とは、最上が大学時代に親しくしていたとある少女でした。

松倉に今度こそ罪を償わせようとする最上でしたが、彼の思惑とは裏腹に、真犯人と思しき人物 「弓岡」が浮上…。

そこで最上は、闇ブローカーの諏訪部に拳銃や車を用立ててもらい、弓岡殺害を決行しようとします。

そんな最上の不審な行動を察した沖野は、橘と追いかけます。

しかし、彼らの追跡を撒き、最上は弓岡を殺害。

再び、松倉は犯人として扱われることになるのでした。

 

自分が貫く正義とは何なのか?

最上の執念を見て葛藤を始めた沖野は、検察を退職してしまいます。

また、不正暴露という裏の思惑を暴かれた橘も、検察をやめることになりました。

 

沖野と橘は、松倉の国選弁護人に力を貸し、彼を釈放するために戦うことにします。

努力の甲斐あり、裁判で松倉は無罪を勝ち取りました。

釈放祝賀パーティーに顔を出した沖野ですが、松倉はかつて彼に取り調べられたときのことを思い出し狂乱。パーティー会場を飛び出します。

松倉を追いかける沖野。

しかしその目の前で、松倉は暴走車に轢き殺されました。

助手席には、諏訪部の助手の女性が座っていました。

 

数日後。最上の祖父の別荘を訪れる沖野。

そこで沖野は、最上から「正義を貫く」ことを説かれますが、最上と自分が考える「正義」は違うとし、決裂します。

最上の別荘を出た沖野は、誰もいない森の中で、感情を爆発させ一人叫ぶのでした。

 

映画「検察側の罪人」の感想

この映画は、おそらく見た後に「何か気持ち悪い」「釈然としない」という感情を抱くことになると思います。

結局、最上の不正は最後まで暴露されず、松倉は死に、これから沖野がどうするのかも不明です。

この映画のラストは、とても「尻切れとんぼ」。

でもそこに、巨匠・原田眞人の狙いがあるんだと思います。

 

映画が終わった後でも、ぐるぐると頭の中に回り続けたのが、「果たして正義とは何だったのか」「自らの正義の形を貫くとはどういうことなのか」という問いでした。

映画の余韻が残ることは良くありますが、ここまでぐるぐると「問い」がめぐり続けた作品は珍しかったかもしれません。

 

観客を単なる「映画を楽しむ人」として捉えるのではなく、まるで映画の登場人物の一人のように、主人公たちが抱えた問題について真剣に考える状態にしてしまう。

驚きでした。

 

物語中盤、二宮和也演じる沖野が、松倉を追い詰めるシーンがあります。

矢継ぎ早なセリフ、表情の迫力、その全てに鬼気迫るものがあり、思わず手に汗握る自分がいました。

二宮和也は比較的小柄な俳優ですが、演技となると、画面から飛び出さんばかりの迫力を出します。

「硫黄島からの手紙」でハリウッドデビューし、「母と暮せば」で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した二宮の演技力の爆発は、必見です。

 

ラスト、結局「検察側の罪人」とは誰だったのか?

その問いの答えは全て、観客に委ねられています。

松倉に罪を償わせるために手を染めた最上、と言った見方が一番多いかもしれませんが、私としては、これは特定の誰かではなく「検察全体」を指しているのではないかと感じました。

法律に囚われ、結局松倉のような犯罪者が裁かれない現状…。

かと言って法律を無視して最上のような行動に出れば、それもまた罪となる。

人が人を裁くという難しい場面にある彼らは、常に罪を抱え、正義の形を探している。

そんな風に見えました。

正義を執行するはずの検察が、実は一番、罪と正義の境界線に立っている。

原田監督は、そんな現代の闇を伝えたかったのかもしれません。

 

さいごに

社会派ミステリーが好きな人におすすめの一作です。

見た後に複雑な感情や問いが残りますが、後味スッキリとは言えない深い余韻をぜひ味わってみてください!

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